その頃はサンレモ音楽祭に嵌り、完全な
カンツォーネ少年だったのでロリータ系の
フレンチポップを歌うフランス・ギャルには
ほとんど興味がなく、こんな下手な歌手が
ヒットしているんだ、とまるで今、Jポップを
聴いて呟いてしまうように同じような感想を
子供ながらに持っていました。
60年代の象徴にもなったギャルですが70年代は
低迷し、ほとんど忘れ去られていました。
ところが、87年、奇跡のように復活を果たします。

夫のミシェル・ベルジェがプロデュースした
アルバムが大ヒット。
大人の歌手として評価されます。
同時代を駆け抜けたフランソワーズ・アルディも
当時のアイドルでしたが、ギャルがロリータ路線の
王道であれば、アルディは少しインテリのお兄さん
たちの好みだったような気がします。
ギャルの歌はどこまでも明るくノリノリですが、
アルディの歌は暗く、少し屈折していました。
後にシンガーソングライター化していくアルディは
フランス的な感じが醸し出されていたように
思い出します。
ユーミンは「私のフランソワーズ」という歌を
アルディに捧げています。
ギャルが奇跡の復活を遂げたころ、アルディは
歌手を引退し、占星術師に転身します。

フランスの60年代を代表する明暗の二人の
アイドルの楽曲も「新春シャンソン・ショー」で
ご紹介しましょう。
カンツォーネ少年だったのでロリータ系の
フレンチポップを歌うフランス・ギャルには
ほとんど興味がなく、こんな下手な歌手が
ヒットしているんだ、とまるで今、Jポップを
聴いて呟いてしまうように同じような感想を
子供ながらに持っていました。
60年代の象徴にもなったギャルですが70年代は
低迷し、ほとんど忘れ去られていました。
ところが、87年、奇跡のように復活を果たします。

夫のミシェル・ベルジェがプロデュースした
アルバムが大ヒット。
大人の歌手として評価されます。
同時代を駆け抜けたフランソワーズ・アルディも
当時のアイドルでしたが、ギャルがロリータ路線の
王道であれば、アルディは少しインテリのお兄さん
たちの好みだったような気がします。
ギャルの歌はどこまでも明るくノリノリですが、
アルディの歌は暗く、少し屈折していました。
後にシンガーソングライター化していくアルディは
フランス的な感じが醸し出されていたように
思い出します。
ユーミンは「私のフランソワーズ」という歌を
アルディに捧げています。
ギャルが奇跡の復活を遂げたころ、アルディは
歌手を引退し、占星術師に転身します。

フランスの60年代を代表する明暗の二人の
アイドルの楽曲も「新春シャンソン・ショー」で
ご紹介しましょう。

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